熊田千佳慕、熊田すぎ子

熊田   一番のもとは戦災で焼けたということなんです。これが僕にはとても福になったんです。 熊田夫人 五月二十九日の空襲は朝でしたから、物を防空壕へ非難させる暇がなかったんです。朝起きない人で、普通は早く起きてきても十時ですから、まだ寝ていたんです。 熊田   きれいさっぱり焼けてしまったので、師匠の山名文夫先生の所に行ったら、全部道具を集めてくださったのです。いつもなら素直にいただいてくるのに、何か抵抗があるんですね。「鉛筆一本で結構です」と言うと「えっ!」とびっくりされた。消しゴムも要らない。鉛筆一本と紙をいただいて帰ってきたんです。 そしたら一本の線を引くにも、普通の方は何本も引いて要らないところは消して一本の線を引く。それができないから、物を見るときによく見るんですね。見て、もう一つは見つめるんです。そして最後に、あっ、これだと見極める。見て、見つめて、見極める。このプロセスを神から授かったんですね。 それで、あっ、この線だなと思うときにスッと引く。こういうスケッチがそれから始まったんです。そこまでいかないといけない。そうすると頭に入りますね。そういう環境にならなかったら、今の絵はなかったわけですよ。